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比較・コラム

宗教音楽は、聖歌や声明、ゴスペルのように形を変えながら、なぜ世界の宗教で歌われ続けてきたのかを考えるための手がかりである。グレゴリオ聖歌をコンサートホールで聴き、街角のモスクから響くアザーンと同じ宗教音楽だと一括りにしていた時期があったが、両者が実は正反対の位置づけだと気づいた瞬間、

その他の宗教

新宗教とは、幕末から明治維新期以降に成立し、既成の宗教組織を継承しない宗教を指す、宗教学の価値中立的な学術カテゴリーである。黒住教・天理教・金光教の幕末三大新宗教から、戦後の創価学会や立正佼成会、さらに1970年代以降の新新宗教まで、日本の流れは四つの波としてたどると全体像が見えやすい。

比較・コラム

大聖堂、モスク、寺院は、いずれも祈りの場ですが、建物の向き、中心となる空間、装飾の有無を比べると、宗教ごとの考え方がはっきり見えてきます。旅行で宗教建築を前にしたとき、尖塔やドームの印象だけで眺めるのではなく、その形がどんな信仰から生まれたのかを読み取れると、見える景色は一段深くなります。

イスラム教

スンニ派とシーア派は、632年に死去した預言者ムハンマドの後継者を誰にするかをめぐって分かれた二大宗派です。スンニ派は共同体の合議で選ばれたカリフを正統とし、シーア派はアリーとその子孫だけがイマームの資格を持つと考えてきました。

ヒンドゥー教

トリムールティとは、創造神ブラフマー、維持神ヴィシュヌ、破壊神シヴァを、単なる3柱の並立ではなく、単一の聖なる存在が3つの機能として現れた様相とみなすヒンドゥー教の理論です。

その他の宗教

神仏習合は、6世紀に伝来した仏教と日本古来の神祇信仰が融合して生まれた信仰形態で、奈良時代に始まり明治初年まで約1100年続いた。寺の境内に鳥居が立ち、神社にかつて鐘や仏像が置かれていたのは、まさにこの長い歴史の名残です。

比較・コラム

世界の宗教に見られる終末観は、直線型と循環型の2つに大別できます。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ゾロアスター教が歩むのは、始まりから終わりへ進む一本道の歴史であり、そこでは救世主の出現、死者の復活、最後の審判がひとつの筋道を形づくります。

仏教

上座部仏教とは、釈迦入滅後の教団分裂を起点に形づくられた仏教の一大潮流であり、大乗仏教と並んで世界の仏教を理解する基本の軸になる存在です。比較宗教学の入門講座では「日本の仏教は大乗ですか上座部ですか」と毎回のように質問が出ますが、

キリスト教

原罪とは、アダムとエバの堕罪に由来して全人類が生まれながらに負う「罪のある状態」を指すキリスト教の教義であり、個人が犯す悪い行いとしての自罪・本罪とは区別されます。西洋絵画のアダムとエバの楽園追放の前で、その違いが分からず宗教的背景を読み解けなかった経験は、原罪を知る入口としてとても典型的です。

比較・コラム

メシアは、ヘブライ語マーシーアハに由来する言葉で、「油を注がれた者」を意味する歴史用語です。古代イスラエルでは王や祭司の即位にオリーブ油を注いで聖別し、サウルやダビデのような現役の王にもこの名が使われました。

ヒンドゥー教

解脱(モークシャ)とは、ヒンドゥー教で人生の最終目標とされる、輪廻(サンサーラ)から解き放たれた状態である。サンスクリット語の語根 muc に由来し、ムクティとも呼ばれるこの概念は、ヨガのアーサナを実践する人が、その背景にある思想へ目を向けたときに、

キリスト教

カトリックとプロテスタントは、同じイエス・キリストを信じるキリスト教の二大宗派ですが、聖書の権威、救いの考え方、聖職者の呼び方まで、1517年の宗教改革を境にはっきり分かれています。比較宗教学を10年以上学んできた立場からすると、教会で「神父さん」と呼んでよいか迷ったあの瞬間こそ、この違いをつかむ入口でした。