その他の宗教

新宗教とは?成立の背景と特徴をわかりやすく解説

更新: 三輪 智香
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新宗教とは?成立の背景と特徴をわかりやすく解説

新宗教とは、幕末から明治維新期以降に成立し、既成の宗教組織を継承しない宗教を指す、宗教学の価値中立的な学術カテゴリーである。黒住教・天理教・金光教の幕末三大新宗教から、戦後の創価学会や立正佼成会、さらに1970年代以降の新新宗教まで、日本の流れは四つの波としてたどると全体像が見えやすい。

新宗教とは、幕末から明治維新期以降に成立し、既成の宗教組織を継承しない宗教を指す、宗教学の価値中立的な学術カテゴリーである。
黒住教・天理教・金光教の幕末三大新宗教から、戦後の創価学会や立正佼成会、さらに1970年代以降の新新宗教まで、日本の流れは四つの波としてたどると全体像が見えやすい。
教祖、現世利益、在家主義という共通点も、封建社会の崩壊と近代化が生んだ社会変動の中で理解すると筋が通るでしょう。
宗教学の研究現場で「新興宗教」が避けられ、「新宗教」へ言い換えられてきた経緯にも触れつつ、特定の教団を勧めることなく、言葉の意味と歴史的背景を整理していきます。

新宗教とは何か|言葉の意味と定義

新宗教は、宗教学で19世紀中頃の幕末・明治維新期以降に成立した宗教のうち、既成の宗教組織を継承せず、新たな教義を掲げて伝統宗教から自立したものを指します。
つまり「新しくできた宗教全般」ではなく、成立時期と組織上の独立性で線引きされる学術用語です。
高校の倫理でひとまとめにされがちな教団群でも、研究文献では成立年代や組織形態を丁寧に見分けるため、定義の精密さが理解の質を大きく左右します。

宗教学における新宗教の定義

宗教学では「新宗教」は価値判断を含まない中立的な分類語です。
1950〜60年代に一般化した「新興宗教」が蔑視的に受け取られやすかったため、1970年代中頃に新宗連の提案を経て「新宗教」という呼び方が学術用語として定着しました。
英語圏の New Religious Movements(NRM)もこの考え方に対応しており、評価語の「カルト」とは切り分けて扱うのが基本になります。

この定義で見たとき、天理教や金光教を単に「近代にできた宗教」と呼ぶだけでは足りません。
実際の辞典記述を比べると、一般向けの説明は幅広く見えますが、研究上は「幕末・明治維新期以降」「既成の宗教組織を継承しない」「新たな教義を掲げる」という条件が重なってはじめて新宗教と呼びます。
黒住教、天理教、金光教のように幕末維新期の地方農村部で広がった教団を同じ射程に入れるのは、この厳密な線引きがあるからです。

「教祖」と「現世での救い」という共通項

多くの新宗教には、特定の教祖がいます。
天啓や神がかりを受けた人物が教義の起点となり、その体験が信仰の核になるためです。
さらに、救いの焦点が来世より現世に置かれやすい点も特徴で、病気の回復、生活の改善、家庭の平安、人間関係の修復といった切実な願いに応えるかたちで広がってきました。
ここが既成宗教との見分けの第一の手がかりになります。

この現世利益的な性格は、封建社会の崩壊と近代化の中で強まったものでもあります。
病気や貧困、対人関係の行き詰まりは、抽象的な救済よりも、日常に効く言葉を求めます。
入信動機として病気が最も多く、貧困や人間関係の悩みが続くという傾向は、そのまま教えの方向性を説明しています。
現世でどう生きるか、そこに答えを出す宗教だと考えると理解しやすいでしょう。

なぜ「近代化」が定義の鍵になるのか

新宗教を一つのまとまりとして捉えるとき、近代化という時代背景は外せません。
都市化、産業化、マスメディアの登場、交通の発達、学校教育の普及がそろってはじめて、広域に人を集め、同じ教えを速く広く届ける組織形態が成立しました。
地方の一人の教祖から始まっても、巡回布教や出版物を通じて教勢を伸ばせたのは、この近代の条件があったからです。

近代化との関係新宗教での意味
都市化・産業化人の移動と集住が進む新しい信者層が生まれる
マスメディア教えの伝達が速くなる教義を広域に共有しやすい
交通の発達布教圏が広がる地方発祥でも全国化しうる
学校教育の普及共通言語が広がる組織運営がしやすくなる

日本の新宗教は神道系、仏教系、神仏習合系など母体が多様で、一枚岩ではありません。
それでも、教祖、現世利益、近代に成立という軸で見ると、ばらばらに見える教団群が同じ地図の上に並びます。
高校の教科書でざっくり見た像と、研究上の定義とのズレはここにあります。
分類の精度を上げると、天理教や金光教を「近代にできた宗教」と見るだけでは見落としやすい社会的背景まで見えてくるのです。

新宗教・新興宗教・カルトの違い

新宗教は、宗教学では幕末・明治維新期以降に成立し、既成の宗教組織を継承せず、新たな教義を掲げて伝統宗教から自立した宗教を指す価値中立的な学術カテゴリーです。
教祖を持ち、病気の回復や生活、人間関係の改善といった現世での救いを重んじる点が共通しており、近代化によって都市化・産業化・マスメディア・交通・学校教育が広がったことが、こうした運動の成立条件になりました。
用語の面では「新興宗教」が1950〜60年代に一般化しましたが、1970年代半ば以降は蔑視のニュアンスを含むとされ、研究者や報道の間で「新宗教」へ置き換わっていきました。
資料を読み比べると、同じ教団でも執筆年代によって呼び名が揺れ、語の選択そのものが評価を帯びることがはっきり見えてきます。
カルトという語もまた別物で、混同しないことが出発点です。

「新興宗教」が避けられるようになった理由

「新興宗教」は1950〜60年代に広く使われた呼称ですが、語感の変化が早く、1970年代半ば以降は蔑視や異端視を含む表現として受け取られやすくなりました。
実際、同じ教団を扱う文献でも、新興宗教と書くものと新宗教と書くものが並存していた時期があり、執筆年代が進むにつれて後者へ移る流れが見て取れます。
呼び名の違いは単なる言い換えではなく、対象をどう位置づけるかという研究態度の差でもあるのです。

日本では「新宗教」という呼称が新興宗教の言いかえとして新宗連により提案され、1970年代中頃に学術的な場で定着したとされます。
ここで注目したいのは、言葉の刷新が教団の実態を変えたのではなく、観察する側が評価を持ち込まないための工夫だった点でしょう。
邪教視や危険視を避け、宗教現象として記述するためには、名称の選び方から慎重である必要があったわけです。

価値中立的な学術用語としての「新宗教」

宗教学でいう新宗教は、19世紀中頃の幕末・明治維新期以降に成立し、既成の宗教組織を継承せず、新たな教義を掲げて独立した宗教を指します。
多くは天啓や神がかりを受けた教祖を持ち、来世よりも現世での救いを前面に出す点に特徴があります。
病気の回復、生活の立て直し、人間関係の改善といった切実な願いが入り口になることが多く、近代社会の不安に応答する装置として理解すると見えやすいでしょう。

観点新宗教既成宗教
成立時期の目安幕末・明治維新期以降歴史的に先行
組織の継承既成の宗教組織を継承しない伝統的組織を継承する
教義の特徴新たな教義を掲げる既存教義を受け継ぐ
救いの焦点現世での救いを重視来世中心の体系も多い

この分類で大切なのは、宗教を善悪で分けることではなく、成立条件と運動形態を整理することです。
都市化や交通網の発達、マスメディアの浸透、学校教育の普及は、教祖の語りが広範囲に届く回路をつくりました。
だからこそ新宗教は近代化への応答として現れたのであり、単なる奇異な現象として見るより、社会変動の鏡として捉えるほうが理解は深まります。
世界的にも1830年創始のモルモン教やバハーイー教のようなNRMが存在し、日本の新宗教もその流れの中に置けるのです。

英語圏の New Religious Movements

英語圏では New Religious Movements(NRM、新宗教運動)という語が対応し、近代以降に生まれ、既存の主流宗教文化の周縁に位置づく集団を中立的に指します。
日本語の新宗教とおおむね重なる概念で、研究上は価値判断を避けながら新しい宗教現象を扱うための用語として機能してきました。
つまり、何を信じているかだけでなく、どういう時代条件のもとで立ち上がったのかを問うための言葉なのです。

ただし、ここで「カルト」とは分けて考える必要があります。
カルトは反社会性や危険性を含意する評価的な語で、宗教学的な分類カテゴリーである新宗教とは性質が異なります。
報道ではカルトが強い警戒語として使われる場面が目立ちますが、研究論文ではその語感の強さゆえに慎重に避けられることが少なくありません。
語の温度差は、読者の理解を一気に偏らせる。
だからこそ、すべての新宗教がカルトではないと押さえておく必要があります。

新宗教が生まれた社会的背景|近代化と民衆の不安

新宗教は、幕末維新期のように封建社会が崩れ、近代社会へ移り変わる動乱の中で先駆が現れた。
既存の寺社や教派だけでは受け止めきれない不安や救いへの欲求が広がり、その受け皿として発生・成長したのである。
幕末から明治にかけての民衆生活を扱う史料を読むと、災害・飢饉・疫病が重なる中で、人々が目の前の苦しみに答える現実的な救済を求めていた切実さがはっきり見えてくる。

封建社会の崩壊と民衆の救済欲求

幕末維新期は、社会の土台そのものが揺れた時代だった。
封建的な身分秩序が弱まり、移動や職業の選択が広がるほど、従来の共同体が保証していた安心は薄れる。
そこに、病気や貧困、家族関係の不和といった日常の痛みが重なると、抽象的な救済よりも、いま苦しい自分を助けてくれる教えが求められるようになる。
新宗教が伸びた背景には、この切迫した宗教的需要がある。

この動きは、近代化が進むほど強まった。
村落の寺檀関係や氏子組織に包まれていた人々が、そこから外れて生きる局面が増えると、信仰も「与えられるもの」から「選び取るもの」へ変わる。
自主的に集まり、同じ不安を抱える者どうしが支え合う共同体をつくることが、新宗教の組織化を後押しした。
ポイントは、信仰内容だけでなく、社会のつながり方そのものが変わったことにある。

病気・貧困・人間関係という入信動機

初期信者の入信動機で最も多いのは、病気による苦境である。
次いで、貧困などの経済的事由、人間関係のトラブルといった精神的苦痛が続く。
ここには偶然ではない一貫性がある。
新宗教は、来世の抽象的な約束よりも、目の前の痛みをどう受け止め、どう乗り越えるかを明確に示したからこそ、暮らしの切実な場面に強く響いたのだ。

都市へ流入した人々の姿を考えると、この傾向はなお理解しやすい。
地縁・血縁から切り離され、孤立した人ほど、居場所を求めて信仰共同体に入っていく。
研究で示された入信動機の統計傾向は、その孤立の実感と重なるはずだ。
病気、貧困、人間関係の行き詰まりは、それぞれ別の悩みに見えて、実際には「自分一人では抱えきれない」という感覚に収束していくのである。

都市化・マスメディア・交通が可能にした組織化

都市化・産業化・マスメディアの登場・交通の発達・学校教育の普及は、新宗教の広がり方を決定づけた。
広域に布教し、離れた信者を結び、教団組織を維持するためには、人の移動と情報の流通が欠かせない。
近代化の諸条件がそろって初めて、教えは一地域の救済実践にとどまらず、広い範囲で同じ形式を保てる運動になった。
背景の社会変動が、教団の特徴そのものの土台になったわけです。

呼び名の整理もここで必要になる。
1950〜60年代には新興宗教という語が一般化したが、蔑視的な響きを帯びていたため、1970年代中頃には研究者や報道の間で新宗教という呼称が定着した。
英語圏では New Religious Movements, NRM が対応する。
新宗連が言いかえを提案したのも、単なる名称変更ではなく、既成宗教の外側にある多様な運動を偏見なく扱うためだった。
新興宗教という語を避けて新宗教を使うのは、カルトと機械的に同一視しないためでもある。

日本の新宗教 成立の4つの波

日本の新宗教は、研究上は大きく4つの波に分けて整理すると見通しがよくなります。
理由は、黒住教や天理教のような幕末維新期の教団から、戦後に拡大した大教団、さらに1970年代以降の新新宗教まで、社会の変動に合わせて成立の条件が何度も変わってきたからです。
しかも名称そのものにも注意が必要で、1950〜60年代に一般化した「新興宗教」は蔑視的と受け取られやすく、1970年代中頃には研究者や報道の間で「新宗教」という呼称が定着しました。
英語圏でいう New Religious Movements, NRM に対応する語でもあり、カルトと混同せずに対象を幅広く捉えるための学術用語として使われます。

第1期:幕末三大新宗教

第1期は幕末維新から明治中期にかけてで、黒住教、天理教、金光教が代表とされます。
黒住教は岡山の神官・黒住宗忠が1814年に開教し、天理教は中山みきが1838年に立教しました。
どちらも地方農村部で広がった点が共通しており、近代国家が整う前の生活不安や救済需要に根差していたと考えると、なぜこの時期に新しい信仰が生まれたのかが見えてきます。
年表を並べてみると、天理教の立教年や黒住教の開教年を辞典や教団公式情報で突き合わせる作業が欠かせず、基礎データの裏取りだけでも時代の輪郭がはっきりします。

ここで重要なのは、最初から巨大教団だったわけではないことです。
金光教を含むこの時期の宗教運動は、村落共同体の中で信仰実践を積み重ねながら浸透していきました。
後の大教団と比べると組織は小さいものの、地方から生まれ、暮らしの困難に応答したという基本構図はその後の新宗教にも受け継がれていきます。

第2期:大正期の発展

第2期は明治後期から大正期にかけてで、大本や国柱会などが挙げられます。
第1期に比べると教団組織が拡大し、社会的な存在感を増した時期で、単なる村落信仰の延長ではなく、都市や知識層とも接点を持つ運動へと変わっていきました。
大正期は社会の変化が急で、教育や出版、交通の広がりも宗教運動の伝播を後押ししたのでしょう。
新宗教が個人の救いだけでなく、社会全体への問題意識を帯び始めるのもこの段階です。

この段階を押さえると、第1期と第3期のあいだにある移行が理解しやすくなります。
大本や国柱会は戦前社会にも影響を及ぼし、のちの大教団とは異なる形で思想的な波紋を残しました。
代表的教団の年表を整理すると、幕末・大正・戦後・高度成長後という社会の転換期ごとに新宗教の波が立っていることが視覚的に浮かび上がります。

第3期:戦後の大教団化

第3期は戦後に大きく発展し、大教団となった新宗教の時代です。
創価学会、立正佼成会、霊友会、世界救世教、生長の家などは、1930年代に基盤がつくられ、戦後憲法下で信教の自由が保障されたことで、都市部を中心に一気に拡大しました。
戦争と復興を経た社会では、家族の再建、病苦の回復、生活上のつながりを求める声が強く、その受け皿として新宗教が大きく伸びたと見ると流れが自然です。

ℹ️ Note

年表を横に並べると、戦後の拡大は偶然ではなく、制度環境の変化と都市化が重なった結果だと分かります。1930年代に基盤を持つ教団が、戦後になって一気に大衆化した点は、この時代を理解するうえで外せません。

この時期は、教団が地域を超えて全国的なネットワークを持つようになった点でも画期的です。
新宗教という語が学術用語として定着した1970年代中頃より前に、すでに社会的規模は大きくなっており、研究者が「新興宗教」ではなく「新宗教」と呼び替えた背景には、こうした実態の変化がありました。
新興宗教の蔑視ニュアンスを避けるための言いかえ提案が、新宗連の側からも意識されていったのはその象徴です。

第4期:1970年代以降の新新宗教

第4期は大教団が停滞期に入った1970年代以降に勢力を伸ばした新宗教で、「新新宗教」と呼ばれます。
真如苑や幸福の科学が該当し、従来型の組織拡大とは異なり、個人の選択や参加のしやすさを前面に出した運動が目立ちます。
宗教学者の島薗進は新新宗教を「隔離型」「個人参加型」「中間型」に分類しており、同じ新新宗教でも社会との距離の取り方が一様ではないことがわかります。

こうして4期の流れを年表的に俯瞰すると、新宗教は一度きりのブームではなく、社会変動のたびに繰り返し現れてきた連続的な現象だと理解できます。
カルトという語と切り分けて考える視点もここで有効です。
新宗教は成立時期や組織規模の違いこそあれ、近代日本の変化に応答して姿を変えてきた宗教現象であり、その連続性を押さえることが全体像の理解につながります。

新宗教に共通する特徴

新宗教という呼称は、1950〜60年代に新興宗教という語が一般化するなかで生まれましたが、当初は蔑視的な響きを帯びていました。
そこで1970年代中頃に研究者や報道の間で新宗教という言いかえが定着し、英語圏でも New Religious Movements, NRM が対応語として使われるようになります。
宗教現象を雑にひとまとめにせず、カルトとの区別も含めて整理するための語として、この呼び方は意味を持っているのです。

新宗教に共通する特徴は、教祖のカリスマ、現世利益への志向、在家主義的な共同体という三つの軸で見えてきます。
新興宗教という語が抱えやすい先入観を避けつつ、研究者が新宗教を使うのは、こうした運動の実態を具体的に捉えるためです。
ライフヒストリー調査でも、病や人間関係の行き詰まりをきっかけに入信し、信仰共同体の中で支えられて回心していく語りが繰り返し現れます。

教祖の天啓とカリスマ的信仰

典型的な新宗教は、ある人物の天啓や神がかりを起点に運動が始まり、教祖への個人崇拝的な信仰を軸に組織化されます。
ここで重要なのは、教祖が単なる指導者ではなく、救済の確信そのものを体現する存在として受け止められる点です。
だからこそ、教祖の言葉やふるまいが信者の生活規範になり、共同体の中心もそこに据えられるのでしょう。
カルトとの区別を考える際にも、このカリスマ性がどのように制度化されるかを見極める必要があります。

研究記録をたどると、教団の初期には「この人に会えば道が開ける」という実感が入信の決め手になる例が多い。
教祖の不思議な体験や予言めいた語りは、抽象的な教義よりも先に人を引き寄せます。
そこから信者同士の集まりが生まれ、個人の経験が教祖の物語と結びつき、運動全体の正統性が形づくられていくのです。

現世利益と「心直し」による救済

新宗教は、現世の生活、富、健康、人間関係の改善を肯定し、それらを究極の幸福として語る傾向が強いです。
天理教の『心直し』のように、心のあり方を正せば病が癒え、悩みが解消されるとする教えは、その代表例だといえます。
死後の救いだけでなく、今ここでの苦しみに応える点に、近代の民衆が引きつけられた理由があります。
病気直しに代表される具体的で実感しやすい救済は、切実な暮らしの問題に直接触れるからこそ強いのです。

教団の集まりを記録した資料を読むと、体験を語り合い、助け合う場が組織の核になっている様子が伝わってきます。
入信の動機が病や家庭不和であることも珍しくなく、そこで語られる救済は、理屈より先に身体感覚として受け止められる。
現世利益は単なる功利主義ではなく、「この苦しみは変えられる」という希望の形式でもあるわけです。

在家主義と助け合う信仰共同体

新宗教の信者は、寺檀関係や氏子組織とは異質な、自主的な信仰に基づく共同体を形成します。
ここでは僧侶や家制度に依存するのではなく、在家のまま学び、支え合い、信仰を実践することが重視されます。
既成宗教の制度化された組織とは違い、日常生活の内部に信仰が入り込むため、家族、仕事、近所づきあいまで救済の対象になりやすいのです。
新宗教らしさは、この在家主義的な構造にこそ表れます。

互いに助け合い学び合う場があるからこそ、信者は孤立した個人ではなく、回心を続ける仲間として居場所を得ます。
教祖・現世利益・在家主義の三つはばらばらではなく、病気直しのような実感しやすい救済を通じて相互に結びついています。
研究者が新宗教という語を使うのは、こうした複合的な特徴を、蔑視語である新興宗教や過度に断定的なカルトとは切り分けて捉えるためなのです。

世界の新宗教運動と既成宗教との関係

世界の新宗教運動は、日本だけの例外的な現象ではありません。
1830年にジョセフ・スミスが創始した末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)は、2023年時点で会員が1700万人を超えるとされ、世界的な組織を持つNRMの代表例です。
バハーイー教、カオダイ教、19世紀の神智学協会も含めて見れば、近代化の圧力に応じて各地で新しい宗教運動が生まれてきたことがわかります。
海外のNRM研究を読むと、日本の新宗教と同じ「近代化への応答」という枠組みで語られており、現象としての普遍性がはっきり見えてきます。

海外の新宗教運動(NRM)の広がり

英語圏では新宗教運動(New Religious Movements, NRM)という語が対応し、宗教の成立時期や規模だけで線を引くのではなく、近代以降に現れた新しい組織化のあり方をまとめて捉えるときに使われます。
末日聖徒イエス・キリスト教会のように、開教から長い時間を経て巨大化した運動もあれば、バハーイー教やカオダイ教のように中東やベトナムで生まれたものもあります。
さらに19世紀の神智学協会のように、アジア・中東・欧米をまたいで思想と実践が交差した例もあり、NRMは地域限定の特殊現象ではありません。
ここを押さえると、日本の新宗教を孤立した国内事情として見る誤解を避けられます。

ℹ️ Note

新宗教を研究対象として扱う意義は、珍しさを強調することではなく、近代社会の変化がどのように宗教を組み替えたかを見る点にあります。

既成宗教を母体とする系統分類

日本の新宗教は、神道系・仏教系、特に法華系、神仏習合系などに分かれ、既成宗教を母体にしながら自立していった運動が多いです。
つまり、古い宗教を切り捨てた「無関係な新顔」ではなく、教義や儀礼、救済観を引き継ぎつつ、時代の不安に応える形で新しさを加えた存在だと言えます。
既成宗教との連続性があるからこそ、信者にとっては理解しやすく、社会的には既存の宗教秩序の外側にも内側にもまたがる、やや複雑な位置を占めるのです。
比較の軸を持つと、創始者の個人性よりも、何を継承し、どこで独自化したかが見えます。

日本語では1950〜60年代に新興宗教という語が一般化しましたが、そこには蔑視的な響きがつきまとっていました。
そこで新宗連は、より中立的な呼び方として新宗教への言いかえを提案します。
1970年代中頃になると、研究者や報道の間で新宗教という呼称が定着し、言葉そのものが評価の偏りを少しずつ外していきました。
新興宗教、新宗教、NRMの三つは似て見えても、含むニュアンスが違います。
カルトと混同すると、運動の実態よりも危険視の先入観が前に出てしまうでしょう。

邪教視されてきた歴史と中立的理解への転換

新宗教は開教当初、しばしば邪教視され、弾圧の対象になってきました。
ところが宗教学が発展すると、そうした評価は信仰内容の真偽ではなく、当時の社会が新しい宗教をどう受け止めたかを示す歴史資料として読み直されるようになります。
日本の新宗教が当初「邪教」と報じられた記録と、現在の中立的な研究記述を読み比べると、同じ運動でも社会の見方が時代とともに変化してきた過程が見えてきます。
先入観ではなく事実に基づいて理解する姿勢が必要なのは、この差が単なる用語の問題ではなく、宗教と社会の関係そのものを映しているからです。

研究文献をたどると、世界各地の運動が日本の新宗教と同じく「近代化への応答」として論じられている場面が多く、現象としての広がりを実感します。
混同しやすい語を整理しながら、どの運動がどの社会条件のもとで生まれたのかを見ていくと、新宗教は異端のラベルではなく、近代社会が生んだ多様な宗教変化の総称として理解しやすくなるはずです。

まとめ|新宗教を正しく理解するために

新宗教は、幕末以降に成立した既成宗教の継承を前提にしない宗教を指し、研究者が混同を避けるために使う学術的な呼称です。
1950〜60年代には新興宗教という言い方が一般化しましたが、そこには蔑視の響きが残りました。
1970年代中頃になると、新宗教という語が研究者と報道のあいだで定着し、英語圏の New Religious Movements とも対応する整理が進みました。
カルトと混同しないためにも、この言葉の距離感を押さえておくと見方が落ち着きます。

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三輪 智香

インド哲学・仏教学を専攻し、南アジア・東南アジアの寺院での瞑想修行・現地調査を経験。サンスクリット語・パーリ語の文献読解が可能で、東洋宗教全般の思想的連続性を丁寧に解説します。

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