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宗教的な服装は、世界の主要宗教で謙虚さ、神への敬意、信仰の帰属を示すしるしとして受け継がれてきました。ヒジャブ、ニカブ、ブルカ、キッパ、ターバンの違いは、見た目だけでは判別しにくいでしょう。

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イスラム暦は、月の数を12と定めたまま太陽年との差を引き受ける純粋太陰暦であり、ユダヤ暦や日本の旧暦は、その約11日のずれを閏月で吸収する太陰太陽暦だ。暦の違いは「月か太陽か」ではなく、太陽年365.2422日と太陰12か月354.37日の差をどう処理するかに尽きるのである。

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日本人の宗教観は、江戸期の寺請檀家制度と1995年の宗教不信を経て形づくられた「無宗教」が出発点です。比較宗教学の講義で「無宗教の人は手を挙げて」と聞くと8割ほどが挙手し、続けて「今年初詣に行った人は」と問うと同じ手がほとんどまた上がる光景は、その矛盾をそのまま映しています。

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入れ墨は、宗教によって冒涜にも信心にもなる行為である。中東の宗教文化と東洋宗教を横断して見ていくと、その落差には何度も驚かされるが、結局のところ分かれ目は「禁止か容認か」ではなく、神が与えた身体をどう捉えるか、そして聖典や伝統をどう解釈するかにあります。

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宗教ごとの飲酒ルールは、イスラム教、シク教、キリスト教、ユダヤ教、仏教を並べて見ると、単なる禁止か許容かでは整理できません。『コーラン』第5章90節が示すイスラム教の禁酒は神の明確な命令に支えられ、仏教の不飲酒戒は他の戒を破る引き金を断つ遮戒として運用されるため、

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国旗に描かれた宗教シンボルは、世界の約64か国に見られ、その中心はキリスト教の十字とイスラム圏の三日月と星、そしてアラビア文字です。国際スポーツ大会の入場行進で次々と現れる旗を見て、十字や三日月の「なんとなくの宗教イメージ」が本当に当たっているのか確かめたくなり、一覧にして見直すと、

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最後の審判とは、世界の終末に復活した全人類が生前の行いに応じて裁かれ、天国と地獄へ振り分けられる思想である。ミケランジェロの壁画や終末報道で耳にすることは多いが、キリスト教・イスラム教・ゾロアスター教のあいだで何が共通し、どこが決定的に違うのかは意外と整理されにくい。

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宗教の象徴色は、サフラン、緑、白、黒という4色を軸に、ヒンドゥー教、仏教、イスラム教、キリスト教、汎アラブ文化圏まで横断して見比べると、驚くほど筋道が立っています。

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サタン・イブリース・アンラ=マンユは、いずれも「悪魔」とひとまとめにされがちですが、起源も本質も神との関係もまったく異なる存在です。サタンはヘブライ語で「敵対者」を意味する役職的な存在から人格化され、イブリースは炎から創られたジンとしてアダムへの跪拝を拒んで堕ち、

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ヤハウェ、ゴッド、アッラーは、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教で呼び名が分かれている唯一神を指す呼称であり、名前が違うから別の神だと考えるのは早計です。三宗教はいずれもアブラハムを共通の父祖とするアブラハムの宗教で、ユダヤ教からキリスト教、イスラム教へと成立が続いたため、起源の筋道は一本につながっています。

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宗教における数字は、たまたま縁起が良いか悪いかで決まるのではなく、聖数になる経路と忌み数になる経路を通って意味を帯びます。ホテルや病院で13階、4号室、9号室が抜けているのを目にすると、その畏れが今も暮らしの中に残っていると実感するでしょう。

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宗教ごとの戒律は似ているようで、実際には仏教の五戒、ユダヤ教とキリスト教の十戒、イスラム教の六信五行のように、名前も中身も守らせ方も大きく異なります。海外からの来客と食事の席を設ける場面で、直前まで相手の禁忌が把握できず慌てた経験があると、この違いは知識ではなく実務の問題だとよくわかるでしょう。